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大人って何だろうね

秋山興
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大人って何だろうね

どこから見るか で大人の定義 もいろいろ変わるか、、、なるほどな。

自分が氣になってるのは 哲学的な大人の在り方について。

民主主義や主権在民が大事だと言うけれど、それっていうのは自律した大人の存在が前提になってますよね。そうじゃないと成り立たない。

民主主義が衆愚政治になりやすいと言われる理由は、大人の数が揃ってないからということに尽きるんだろうと思われます。

そのことを問題視し指摘している学者も多くいるようですね。

じゃあ 大人って何なの。大きい人ってどういうこと? こういうのをみんなで議論する過程が大事なんだろうなと思うんですよね。

大人の前提である、自立、自律、ってどういうことかな と思ったら、、、結果の責任を引き受けられるかどうか という要素が強いんじゃないかな。

望ましい結果だった時はあまり問題にならないんだけど、望ましくない結果であったとしてもその責任を自分のものとできるかどうか、平たく言えば 人のせいにしないかどうか、そこが 分水嶺 だと感じます。

悪いことが起こった時に、周りや 部下、環境、社会のせいにして逃げるような人は大人じゃない、と言っていいでしょうね。

屈辱や恐怖、無力感に苛まれながらも、そこに立って受け止められるかどうか、そういうことを繰り返しながら、抵抗力や胆力、企画力、を鍛え上げてきた人が大人なんだろうと思います。

頭がよく回って、口もよく回って思いつくことをポンポン話すけど、じゃあ その思いつき を実践しているのか?と言うと、実践は驚くほど少ないとなると、これは大人とは言わないんだろうと思うんですよね。

思い、言動、行動を一致させている人、これは実に清々しく かっこいい大人だと思います。社会にはこういう人 結構たくさんいるんですよね。

その人たちのおかげで 社会の骨はしっかりと 形成されるんだよなあと 感じますし、そのおかげで子ども達も守られながら成長することができるのだと感じています。

自分の言ってることがコロコロ変わったり、言ったことをすぐ忘れたり、言ってもいないことを勝手にやったり、それは誤解です と他人のせいにしたり、まるでうちの国の政治家 たちみたいな不細工な有様を晒しているにもかかわらず、こういうものを の批判に支持するような人も、大人の名には値しない。

だって 支持することには責任が伴うんだから。無責任でいられると思ってること自体が大人の名に値しない、そう感じます。

あと 大事なのは 人を尊重して、人の話をちゃんと聞けるっていう要素も大事ですよね。自分のことばかり話してて人の話を聞かないような人もまた、大人ではないな。

いやあ、立派な大人になるって、なかなか大変なことですね。子ども達がうちにやってきてくれてつくづく 良かったと思います。彼らのおかげで背筋をちゃんと伸ばさんといかんなと、良い意味で プレッシャーを与えてくれる存在ですね。

#ありがとう倶楽部 #お好み焼き社会 #大人

秋山興

ありがとう倶楽部のメンバーとして、感謝の心を大切にしながら記事を書いています。