当たり前って当たり前じゃないですねー

当たり前 ってつくづく 当たり前じゃないなって思います。
当たり前って人によって全然違うし 時間や場所 組織 個人によっても全然違いますよね。
当たり前が当たり前として形成されていくには、そこに結構な努力が払われていますよね。
当たり前にもレベルがあるなあと感じます。
とても難しいことを当たり前だと言ってる人たちも いれば
易きに流れて、それを当たり前だと言ってる人たちもいる。
お互いの当たり前を当たり前だと言ってぶつけ合っているとすれば、それは噛み合わないですよね。。。
家族における当たり前は親が形成していくことが多いと思います。
夫婦が話し合って当たり前を形成していくと家族の当たり前になっていくでしょうね。
学校の場合は校長や 教頭 教職員が話し合って当たり前を形成していくのかな。
一部を子供の主張に委ねるならば、子供の意見も当たり前の中に書き 加わっていくことでしょう。
会社の場合は社長や 役員、株主の意見が強いですかね。
場合によっては社員の意見も取り込んで当たり前が形成されていくでしょうね。
もちろん 社会からの要請、法律が形成する当たり前もありますね。
社会の当たり前は、、、これは難しいですね。
今の日本を見ていて思うのは、バラバラだなあということですね。
当たり前だったことが当たり前じゃなくなっていく 過程、、、新しい当たり前が形成される時期ということなんでしょうね。
社会の未来のことを考えている人たちも いれば、
社会全体のバランスを考えている人たちも いれば、
自分の欲望に忠実な人たちもいる、
無関心な人たちもいる、
刹那的な人たちもいる、
実に多様ですね。
そこにさらに価値観が全く異なる 外国の人たちも加わっているから、まさに 過渡期 混乱期と言えるのかもしれませんね。
何をなすべきかという課題もあれば
何をしてはいけないのかという課題もありますよね。
さてさて、どれぐらいの時間を使ってどこに落着するのかな。
新しい日本の当たり前はどうなるでしょうか。