日本人の氣を操る力はどうやって育まれるのか?

先日 お客様とお話ししていて、
この40年で日本はものすごく変わりましたよね。言葉自体が持っている意味も変わってきて、同じ日本人なのに言葉が伝わらないことが出てきた。
8時10分前と聞いて、
皆さんは 何時を想像しますか?
ある程度 年齢がいってる人は7時50分と
若い人たちは8時7分と
理解するらしいですよ。
というラジオで聞いた話をお伝えしたら びっくりされてましたね。
私も最初 聞いた時は びっくりしましたからね。
こんなことが山ほどあるんだろうな と想像しました。
今は何か 厳しいことを言うとすぐパワハラだとか言われるので、役員といえども相当気を使って若い人と会話をされているようでした。
大変な時代です。
そういうことを気にする中で本当に伝えたいこと がちゃんと伝わっているのか? それが気になるところ。
ご本人は先輩の皆さんに、お前は気が利かないなあ なんていうことを言われることは絶対に避けねばならないという生き方で、一生懸命 頭と体を使い、成長してこられたようです。
どっこい 今若い人に気が利かないと言っても、実はピンと来てないかもしれませんね。
とお伝えすると、
自分たちの頃は周りに兄弟や親戚や近所のおじさんおばさんや たくさんの人間がいたけれども、今は一人っ子も多く核家族で家族以外とのコミュニケーションがあまりにも少ないのかもしれないなとおっしゃっていました。
確かにそうですよね。
多くの人間に揉まれ、頭を使い 体を使い、気を利かせる、それが才気だと自覚しながら生きてきた人と、全くそういう能力を発展させなかった人とでは、これはコミュニケーションが成り立たないぐらいのギャップが生まれているかもしれません。
びっくりしたのは、夜の会食で使われるお店を 役員 自体が手配しているという話を伺った時です。部下に任せると、毎度ワンパターンか、とんちんかんな方向の店を用意するので、であれば自分で手配した方が確実だ、とこうなってしまうんだ そうです。。。
でもこれをずっと続けていたら、部下の人は永遠に 役員の感覚を身につけることができなくて、ご自身が役員になった時に困ることになるだろうことは、容易に想像ができますよね。
まあそういう中でも、気の利く人はいて、そういう人が役員になってくのかもしれませんが。。。
日本人の文化として、この目に見えない 氣 を大切にしてきたというのがあると思います。
しかしその目に見えない 氣 を上手に操る能力を 日本人は失いつつあるのかもしれないなあと 感じたりもします。
皆さんはどのようにお 感じになりますか?